大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行ケ)108号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目4番1号

原告

トリニティ工業株式会社

同代表者代表取締役

福沢孝夫

同訴訟代理人弁理士

澤野勝文

川尻明

東京都港区赤坂5丁目2番39号

参加人

エービービー・インダストリー株式会社

同代表者代表取締役

鈴木勇

同訴訟代理人弁護士

会田恒司

同訴訟代理人弁理士

広瀬和彦

東京都港区赤坂5丁目2番39号

被告(脱退)

エービービー株式会社

(旧商号 エービービー・ガデリウス株式会社)

同代表者代表取締役

ボーダンキス

同訴訟代理人弁護士

会田恒司

同訴訟代理人弁理士

広瀬和彦

主文

1  特許庁が平成4年審判第22554号事件について平成5年11月17日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)は参加人の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  参加人

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告(脱退)は、名称を「塗装方法」とする特許第1685813号の発明(昭和58年9月13日出願、出願人ランズバーグ・ゲマ株式会社、平成2年8月23日出願公告、平成3年6月21日特許請求の範囲を補正、平成4年8月11日設定登録、平成5年1月21日同社より被告(脱退)へ特許権譲渡、以下「本件発明」という。)の特許権者であり、原告は、平成4年11月30日被告(脱退)を被請求人として、特許庁に対し、本件発明の無効審判を請求したところ、平成4年審判第22554号事件として審理された結果、平成5年11月17日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成6年1月10日原告に送達された。

被告(脱退)は、平成8年1月25日参加人に対し、特許権を譲渡し、同年5月27日その登録がなされた。

2  本件発明の要旨

被塗物に向けて塗料を噴霧する塗装機と、複数の塗料弁、シンナ弁およびエア弁を組合わせてなり、前記塗装機への各塗料、シンナおよびエアの供給の切換えを行なう色替弁装置と、各塗料およびシンナをそれぞれ該色替弁装置に向けて同一吐出流量で送り出す容積型の各塗料用ポンプおよびシンナ用ポンプとを有する塗装装置を使用し、一の容積型塗料用ポンプを用いて一の塗料を前記塗装機に供給することにより塗装を行なう前色塗装工程と、前記色替弁装置から塗装機までの間を洗浄し、他の容積型塗料ポンプを用いて他の塗料を該色替弁装置から塗装機までの間に充填する色替え工程と、当該他の塗料により塗装を行う次色塗装工程とからなる塗装方法において、前記前色塗装工程を前記各塗料弁のうち一の塗料弁を開弁して行なう前色主塗装工程と、該一の塗料弁を閉弁し、前記シンナ弁を開弁して容積型シンナ用ポンプを用いてシンナを当該一の塗料と同一吐出流量で供給することにより、前記色替弁装置から塗装機までの間に残存する当該一の塗料の大部分を押し出しながら前色塗装を継続する前色押出し塗装工程とで構成したことを特徴とする塗装方法(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  請求人(原告)は、本出願前頒布された刊行物である昭和57年特許出願公開第136970号公報(以下「引用例1」という。)、昭和53年株式会社理工出版社発行の「塗装技術」11月号120~127頁(以下「引用例2」という。)、昭和55年実用新案出願公開第155563号公報(以下「引用例3」という。)、昭和56年実用新案登録願第151940号(昭和58年実用新案出願公開第58869号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「引用例4」という。)、昭和56年実用新案出願公開第31871号公報(昭和58年実用新案出願公告第55971号公報参照、以下「引用例5」という。)、昭和55年特許出願公告第3977号公報(以下「引用例6」という。)、昭和56年特許出願公開第139157号公報(以下「引用例7」という。)、昭和44年11月10日株式会社理工出版社発行の「最新静電塗装技術」346~355頁(以下「引用例8」という。)、昭和46年8月5日株式会社理工出版社発行の「塗装技術・8月臨時増刊省力塗装・無公害塗装設計ハンドブック」105~109頁(以下「引用例9」という。)を提出し、本件発明は、引用例1ないし引用例9に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明し得たものであるから、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであって、特許法123条1項の規定に該当し、無効とされるべきものであると主張している。

(3)  これに対し、被請求人(被告(脱退))は、引用例1ないし引用例9には、本願発明を示唆する記載はなく、請求人の主張は理由がないと主張している。

(4)  引用例1には、可変低圧流体色変更方法に関する発明が記載され(別紙図面2参照)、その第2実施例に関する公報9頁左上欄18行ないし10頁右下欄7行の記載、及び第2実施例に係る第5、6図を参照すると、「被塗物に向けて塗料を噴霧する塗装機と、複数の塗料弁、シンナ(溶剤)弁およびエア弁を組合せてなり、前記塗装機への各塗料、シンナおよびエアの供給の切換えを行う色替弁装置と、各塗料およびシンナをそれぞれ該色替え弁装置に向けて送り出す各塗料用ポンプおよびシンナ供給装置とを有する塗装装置を使用し、一の塗料用ポンプを用いて一の塗料を前記塗装機に供給することにより塗装を行う前色塗装工程と、前記色替弁装置から塗装機までの間を洗浄し、他のポンプを用いて他の塗料を該色替弁装置から塗装機までの間に充填する色替工程と、当該他の塗料により塗装を行う次色塗装工程とからなる塗装方法において、前記前色塗装工程を前記各塗料弁のうち一の塗料弁を開弁して行う前色主塗装工程と、該一の塗料弁を閉弁し、前記シンナ弁を開弁してシンナ供給装置からシンナを供給することにより、前記色替弁装置から塗装機までの間に残存する当該一の塗料の大部分を押し出しながら前色塗装を継続する前色押出し塗装工程とで構成したことを特徴とする塗装方法」が記載されているものと認められ、塗料の供給は、圧力制御弁(216)を用いて、プログラム制御装置(245)の制御の下、体積ブースタ(242)からの低圧空気によって圧力制御され、シンナ(溶剤)の供給も圧力制御弁(280)を用いて、同様に制御されていることが認められる。(第5図、及び公報9頁左下欄6行ないし9頁右下欄19行参照)。

引用例2には、「静電塗装始末記」について記載され、その124頁には、塗料・空気配管系統図として2液塗料の供給系統に歯車ポンプを使用したものが図示されている。

引用例3は、「塗料供給装置」であって、容積型ペイントポンプを用いることが記載されている(実用新案登録請求の範囲参照)

引用例4は、「塗装装置」であって、歯車ポンプ、ベーン型ポンプ等の容積型ポンプによって塗料を定吐出量化することが記載されている(実用新案登録請求の範囲第2項参照)

引用例5は、「塗料供給装置」であって、ペイントポンプによって洗浄用シンナ等を塗装機に圧送することが記載されている(公告公報1欄下から2行ないし1行参照)。

引用例6は、「低い固有抵抗を有する希釈液体塗料を用いて静電塗装を行う方法」であって、溶剤ポンプを用いること(公報4欄6行ないし8行参照)、ポンプの運転速度を制御して希釈塗料が要求される吐出量となるように選定すること(公報5欄22行ないし29行参照)が記載されている。

引用例7は、「静電塗装装置」であって、塗料がポンプによって所定流量に制御されることが記載されている(公報3頁左上欄15行ないし18行参照)。

引用例8は、静電塗装のカラーチェンジ、空気調整塗料供給法・塗料タンク・塗料ポンプ、設備管理について記載され、多色切換え装置において洗浄用シンナーを使用すること(349頁410図A、B参照)、ポンプとしてギヤーポンプを用いること(352頁416図A、B及び353頁4行ないし12行、及び355頁20行ないし23行参照)が記載されている。

引用例9は、「静電塗装における自動制御装置」について記載され、塗料の吐出量は塗膜品質に直接影響し、要求膜厚を一定にするためには吐出量を一定にする必要があり、ギアポンプが使用されていること(108頁吐出量制御の項参照)が、また「自動車塗装の自動化」についても記載され、洗浄も色替との関連性が大であること(183頁左欄下から14行ないし13行参照)、塗料の供給方式としてギアポンプが吐出量を安定供給する点では最も優れていること(183頁左欄下から8行ないし1行参照)も記載されている。

(5)〈1〉  本件発明と引用例1記載の発明とを比較すると、本件発明が、塗料及びシンナを同一吐出量で送り出すために、容積型の各塗料用ポンプ及び容積型のシンナ用ポンプを用いているのに対して、引用例1記載の発明では、塗料及びシンナは、圧力制御弁を用いてプログラム制御装置の制御の下、体積ブースタからの低圧空気によって圧力制御されて供給されるものである点で相違し、その他の点では一致しているものと認められる。

〈2〉  この相違点について検討するに、引用例2ないし引用例9に記載されているように、一般に塗料を定量供給するために容積型のポンプを用いることは、本出願前周知の技術であり、シンナを塗料用ポンプや溶剤用ポンプで供給することも知られていたことは認められる。

〈3〉  しかしながら、シンナを供給するために容積型のポンプを用いることは各引用例には記載されていないし、引用例1を見ても、シンナを定量供給するために、プログラム制御以外の方法が特に示唆されているものとは認められない。

〈4〉  請求人は、「~シンナは、残存塗料による前色塗装を継続するために塗料と同一吐出流量で供給すべきものであるから(引用例1)、シンナ用ポンプとして、塗料用ポンプと同一吐出流量の容積型ポンプを採用することは、当業者であれば誰でも容易に考えつくところであり~」と主張しているが、引用例1には、前色塗料と同一吐出流量でシンナを供給すべきものであることは明示されていないばかりか(引用例1、10頁左上欄10行ないし14行には、「ほぼ同じ圧力で溶剤がライン254を通じて供給され」と記載されているにすぎない。)、本件発明の前提となるべき色替塗装方法においては、塗料の供給に容積型ポンプを使用することが知られていたということもできないから、これが知られていることを前提として、塗料供給ポンプと同じポンプを用いてシンナを供給するということが容易であるという請求人の主張は採用できない。

(6)  以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、(1)ないし(4)は認める、(5)の〈1〉〈2〉は認める、〈3〉は争う、〈4〉の原告の主張は認めるが、その判断は争う、(6)は争う。

審決は、本件発明と引用例1記載の発明についての相違点に対する判断を誤り、その結果、本件発明につき、引用例1ないし引用例9に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明し得たものではないとし、特許法29条2項、123条1項の規定に該当しないと判断した誤りがあり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決は、「引用例1には、前色塗料と同一吐出流量でシンナを供給すべきものであることは明示されていない」、「ほぼ同じ圧力で溶剤がライン254を通じて供給され」と記載されているにすぎないと認定判断した。

〈1〉 しかしながら、引用例1には、前色塗料の塗料中に色替弁装置からの前色塗料の供給を停止して、その前色塗料の代わりに色替弁装置からシンナ等の溶剤を前色塗料と同一の流量で供給し、その溶剤によって色替弁装置と塗装機との間の塗料配管内に残存する前色塗料を塗装機に押し込みながら塗装を継続する、いわゆるシンナ押出しの塗装方法が記載されている。

審決は、塗料とほぼ同じ圧力で溶剤が供給されるという技術的意味を看過したために、塗料とほぼ同じ圧力で溶剤を供給するのは、その溶剤を塗料と同じ流量で供給して塗料の流量を一定に維持するためであるということが明確に示唆されている引用例1の記載を看過している。

引用例1には、「0から35秒までの時間間隔中、第1の色がライン240の約20p.s.i.a.(1.38×106ダイン/cm2)の圧力で散布されている。最初の色が散布される間隔の終りに向かって、弁256が作動され、ほぼ同じ圧力で溶剤がライン254を通して供給され、供給管218を通してマニホルド214から最初の色の残部を装置220へ押し入れるようにする。最初の塗料の流量は、各弁216a~216jを通してマニホルド214へそれ以上塗料が全く供給されないとしても、この時間間隔全体を通して実質的に一定に維持される。」(10頁左上欄7行ないし18行)と記載され、また、「第2の色のための圧力制御弁216a~216jが閉じられ、弁256が開かれ、ソフト溶剤を供給して、第2の色の残部をマニホルド214から供給管218を通して装置220の方へ押し込むようにする。低圧空気ライン248へ結合された弁280を介して制御されるソフト溶剤圧力は、装置220への第2の塗料の流量を実質的に一定に維持し、ソフト溶剤押出しの開始から104秒(第2の色変更サイクルの48秒と同じ)で始まる次の色変更サイクルの開始までの時間期間中、被塗装物体に散布される塗装の質が一様に維持されるようにする。」(10頁左下欄11行ないし右下欄3行)と記載されている。

これを要約すると、前色の塗料の残部を、その色の塗料を供給するときの圧力と同じ圧力で供給される溶剤によって塗装機(装置220)へ押し込めば、その色の塗装を行う時間期間中は、塗料の流量が一定に維持されて被塗装物体に散布される塗装の質が一様に維持される旨が記載されている。

つまり、塗料と同じ圧力で溶剤が供給されるということは、その溶剤が塗料と同じ流量で供給されるということであり、それによって塗装中における塗料の流量が終始一定に維持されるのであるから、塗料と同一流量で溶剤を供給すべきものであることは十分に明示されているといえるのである。

参加人は、「原告の主張は、塗料や溶剤の粘度の相違、及びベルヌーイの定理を全く無視している」旨主張するが、塗料と溶剤の粘度にさほど差がない場合は、塗料と溶剤の圧力をほぼ同じにすれば、その流量もほぼ同じになるし、粘度の違いにより流量に若干の違いが生じたとしても、それは単に精度的な誤差の問題にすぎない。

また、引用例1には、溶剤の圧力が塗料と「ほぼ同じ」であると記載されているのであって、「ほぼ同じ」とは、全く同一でなく若干の違いがあり得ることを意味するから、溶剤を塗料と同一の流量で供給するために、その溶剤の圧力を塗料とは若干異ならせることがあり得る旨を示唆している。

引用例1には、「供給管18の塗料残部が連続的により少なくなって流れに対する抵抗が減少しても、このような実質的に一定な流量は、多くの場合、ランプ、すなわち傾斜した溶剤圧力を使用せずに達成されうる。」(10頁左上欄19行ないし右上欄3行)と記載されており、この記載は、溶剤で押し出される塗料が残り少なくなって塗料の粘度による抵抗が減少しても、必ずしもそれに応じて溶剤の圧力を変える必要はないという意味であり、これは正しく、塗料の流量を一定にするために溶剤の圧力を塗料の粘度に応じて若干違えることもあり得る旨を示唆しており、また同時に、多くの場合、塗料と溶剤の粘度の違いによって生ずる流量の誤差は無視し得ることも示唆している。

〈2〉 塗装の品質を一様に維持するために塗装機に供給される塗料の流量を一定に維持するのは、塗装の常識であり、大原則でもあるから、シンナ押出しの色替塗装方法において、塗料の残部を溶剤で塗装機へ押し込む場合に、その溶剤を塗料と同じ流量で供給して塗料の流量を一定に維持する程度のことは、その旨を殊更明示する記載がなくても当業者なら当然に考えつくことである。(甲第8号証参照)

そもそも、シンナ押出しの色替塗装方法とは、本来、塗料と同じ流量で供給するシンナによって塗料の残部を一定の流量で塗装機に押し込みながら塗装を継続する塗装方法であるから、その塗装方法において、塗装とシンナの流量を同一にすべきことは大前提であり、そのことに関して何らの示唆も要しない。シンナ押出しの色替塗装方法において、塗装を押し出すためのシンナを塗料と同一の流量で供給すべきことは、当業者にとって自明のことである。

参加人は、原告が「同一吐出流量」を「同一流量」や「一定流量」なる概念にすりかえて審決を批判していると主張し、また、「吐出流量」とは容積型ポンプを用いる場合には、同ポンプから吐き出される流量(容積流量)のことであり(乙第1号証、「油空圧便覧」オーム社330頁)、引用例1記載の発明のような容積型ポンプを用いない塗装方法において「同一吐出流量」でシンナを供給すべきことが明示されるわけはないと主張するが、その主張は以下のとおり失当である。

イ.乙第1号証、330頁には、「吐出流量」なる語が「ポンプから吐き出される流量」の意味のみに限定解釈されるといい得る証左は何もない。

乙第1号証には、「ポンプから吐き出される流量」や「流量(吐出し量ともいう)」と書かれているにすぎず、同号証中にあるのは「流量」という記載のみであって、「吐出流量」なる記載はない。

ロ.本件発明の出願人は、本件発明(容積型ポンプを用いたシンナ押出しの塗装方法)と、甲第18号証の1(平成2年特許出願公告第37226号公報)記載の発明(圧力調整弁を用いたシンナ押出しの塗装方法)とを同時に特許出願し、その双方の出願明細書に「前色塗料とシンナの吐出流量は同一」と明記して、容積型ポンプを用いたものと圧力調整弁を用いたものとの区別なく、双方共通に「吐出流量」なる語ないし「同一吐出流量」なる概念を使用している。

そして、甲第18号証の1記載の発明は、原告の特許異議申立てにより、圧力制御弁を用いたシンナ押出しの塗装方法に係る引用例1記載の発明と実質的に同一であるという異議決定を受けて拒絶査定が確定したものである。(甲第18号証の2ないし4)

したがって、容積型ポンプを用いずに、圧力制御弁を用いて前色塗料とシンナを同一の流量で供給する引用例1記載の発明の塗装方法において、その前色塗料とシンナの流量のことを「吐出流量」といっても何らの疑義は生じないはずである。

また、甲第18号証の1に「前色塗料とシンナの吐出流量は同一」と明記されているのであるから、その甲第18号証の1と実質的に同一の発明が記載された引用例1にも、前色塗料と「同一吐出流量」でシンナを供給すべきことが明示されているといい得るはずである。

ハ.被告(脱退)自身、その審判段階で提出した答弁書(甲第6号証)において、容積型ポンプを用いた塗装方法においても、容積型ポンプから吐き出される前色塗料とシンナの流量が同一であることを「同一吐出流量」とはいわずに、単に「同一流量」といっている。(4頁4行ないし8行)

このように、原告が「同一吐出流量」を「同一流量」や「一定流量」なる概念にすりかえて審決を批判しているという参加人の主張は全く理由がないし、また、「吐出流量」とは容積型ポンプから吐き出される流量のことであって、引用例1記載の発明のような容積型ポンプを用いない塗装方法において「同一吐出流量」でシンナを供給すべきことが明示されるわけはないという参加人の主張も、当を失している。

(2)  審決は、「シンナを供給するために容積型のポンプを用いることは各引用例には記載されていないし、引用例1を見ても、シンナを定量供給するために、プログラム制御以外の方法が特に示唆されているものとは認められない。」、「本件発明の前提となるべき色替塗装方法においては、塗装の供給に容積型ポンプを使用することが知られていたということもできないから、これが知られていることを前提として、塗料供給ポンプと同じポンプを用いてシンナを供給するということが容易であるという請求人の主張は採用できない。」と認定判断した。

〈1〉 原告は、シンナ押出しの色替塗装方法において塗料の供給に容積型ポンプを使用することが知られていたと主張するものではない。

しかしながら、一般の色替塗装方法において塗料を容積型ポンプで供給することが周知である。

そして、シンナ押出しの色替塗装方法といえども、「色替装置から塗料を定量供給する」点においては、一般の色替塗装と何ら違いはないので、一般の色替塗装に用いられている容積型ポンプの使用を拒む理由は何もない。つまり、色替装置から塗料を定量供給する手段に関しては、シンナ押出しの色替塗装も一般の色替塗装も全く同じでよく、唯一違うのは、一般の色替塗装が塗装終了まで色替装置から塗料を供給し続けるのに対し、シンナ押出しの色替塗装では、塗料が終了する前に色替装置からの塗料の供給を中止する点のみである。

したがって、一般の色替塗装において塗料の定量供給に容積型ポンプを使用することが周知の技術であったならば、シンナ押出しの色替塗装においても塗料の定量供給に容積型ポンプを使用することはきわめて容易に考えられ、そして、容積型ポンプで塗料を定量供給することを考えたならば、その塗料と同一の流量でシンナも容積型ポンプで定量供給すればよいと考えるのが当然である。

従来一般に用いられている塗料の定量供給手段としては、容積型ポンプと圧力制御弁とがあり、当業者はそれらを塗料の種類等に応じて適宜使い分けていたのであるから、当業者ならば、引用例1のように塗料とシンナの双方を圧力制御弁で定量供給するシンナ押出しの色替塗装方法をみただけで、その圧力制御弁の代わりに塗料とシンナの双方を容積型ポンプで定量供給する塗装方法もあり得ることを容易に考えつくことができる。

したがって、当業者の一般的な技術水準をもってすれば、塗料とシンナを同一の流量で定量供給するために、周知の定量供給手段である容積型ポンプや圧力制御弁を用いる程度のことは、常識的事項にすぎない。

〈2〉 審決でいう「本件発明の前提となるべき色替塗装方法」とは、前色塗料の塗装中に、その前色塗料を供給する塗料弁を閉じて、シンナ弁を開き、色替弁装置から塗装機までの間に残存する前色塗料をシンナによって一定の流量で押し出しながら塗装を継続するシンナ押出しの色替塗装方法を指しているのであろうが、シンナ押出しの色替塗装方法を行う場合に限って容積型ポンプの使用が拒まれる格別の事由は存しないし、塗料の供給に定量性の優れた容積型ポンプを用いることは審決認定のとおり周知の技術でもあるから、容積型ポンプによって塗料を供給するシンナ押出しの色替塗装方法が現実には知られていなかったと仮定しても、シンナ押出しの塗装方法において塗料の安定供給に優れている容積型ポンプを用いることに何ら困難性はなく、当業者ならば当然に考えつくことである。

また、シンナ押出しの色替塗装方法とは、塗料の残部をその塗料と同一の流量で供給されるシンナによって押し出しながら塗装を継続する塗装方法であり、その塗装方法において必要なことは、要するに、塗装とシンナを同じ流量で供給することである。このように同じ流量で供給すべき非圧縮性流体の塗料とシンナをわざわざ別種・別異の手段で供給することは常識的でなく、塗料とシンナを同種・共通の手段で供給することを考えるのが通常であるから、塗料が容積型ポンプで供給されるならば、塗料と同じ流量で供給すべきシンナも同型の容積型ポンプで供給すればよいと考えるのが必然である。

したがって、シンナ押出しの色替塗装方法に関して、塗料の供給に容積型ポンプを用いた事例が知られていなくても、その色替塗装方法における塗料とシンナの供給手段として同一吐出流量の容積型ポンプを用いる程度のことは、周知技術から容易に考えつくといえるのである。

このことは、例えば、塗料の供給にギアポンプ等の容積型ポンプを用いた周知の色替塗装装置(甲第8号証、引用例9、182、183頁)によって、シンナ押出しの色替塗装方法を行おうとした場合のことを想定すれば明らかである。すなわち、右色替塗装装置は、少なくとも塗料は容積型ポンプにより一定の流量で供給されるようになっているので、その装置を利用してシンナ押出しの色替塗装を行う際に考えなければならないことといえば、シンナと塗料を同じ流量で供給することだけである。

ましてや、甲第9号証(昭和54年特許出願公開第72243号公報)に記載された自動色替装置のように、塗料とシンナがギアポンプで供給されるようになっていれば(3頁左上欄17行ないし19行)、シンナを塗料と同一吐出流量で供給することはもちろん可能であるから、その装置をそのまま用いて引用例1や甲第8号証にも開示されたシンナ押出しの色替塗装方法が行えるのである。

〈3〉 参加人は、本件発明は、本出願前に存在しなかった全く新しい技術であり、従来技術とは質的に異なった作用効果を奏するから、本件発明は進歩性を有する旨主張する。

しかしながら、本件発明の出願公告時の目的、作用効果は、引用例1記載の発明と何ら相違するところはない。

また、本件発明の出願人は、出願公告後、作用効果の記載の補正を行っているが、その作用効果は格別なものではなく、さらに、参加人が本訴において主張する明細書に記載のない作用効果も当業者が容易に予測できたものにすぎない。

第3  請求の原因に対する認否及び参加人の主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2(1)  原告の主張(1)(引用例1記載事項の認定判断)について

〈1〉 審決は、引用例1には、前色塗料と「同一吐出流量」でシンナを供給すべきものであることは明示されていないと認定しているのに対し、原告は、「同一吐出流量」を「同一流量」や「一定流量」なる概念にすりかえて、同一流量で供給することや一定流量にすることは引用例1に明示されており、当業者にとって自明である旨主張する。

しかしながら、「吐出流量」とは、容積型ポンプを用いる場合には同ポンプから吐き出される流量(容積流量)のことであり(乙第1号証、330頁)、引用例1記載の発明のような容積型ポンプを用いない塗装方法において「同一吐出流量」でシンナを供給すべきことが明示されるわけはない。

甲第18号証の1の明細書の一部に「吐出流量」なる用語が用いられているが、同号証記載の発明は、本件発明と同日に出願されたもので、発明の作用効果の記載において誤って本件発明と同一の用語が用いられたものである。

引用例1には、塗料とシンナを「同一吐出流量」で供給する構成については、全く記載されていない。

〈2〉 原告の主張は、塗料や溶剤の粘度の相違、及びベルヌーイの定理を全く無視している。

ベルヌーイの定理によれば、粘性のある液体は、粘度の高低に応じて管路内を流れる流速(流量)が異なることが知られている。このため、管路内を所定時間に所定流量の液体を流す場合、粘度の低い液体は小さな圧力(押出し力)で足りるのに対し、粘度の高い液体を流すには、大きな圧力(押出し力)を必要とする。

一方、塗料特性についてみると、塗料は、その主成分である顔料、樹脂、溶剤の種類、性状、含有割合、分散状態、塗料温度に応じて粘度が異なることが知られている(乙第2号証、「やさしい静電塗装機の使い方」理工出版社、30、31頁、及び第8図)。

原告は、粘度という流量に大きな影響を及ぼす重要な因子を無視し、論理の問題を精度的誤差の問題にすりかえ、その結果、塗料と同じ圧力で溶剤を供給すれば、必然的にその溶剤が塗料と同じ流量で供給されることになり、粘度の違いにより流量に若干の違いが生じたとしても、単なる精度的な誤差の問題にすぎないという誤った主張をしている。

このような誤った観点からは、本件発明を理解することはできない。本件発明は、粘度という流量に影響する因子に注目したうえで、簡便に課題を解決する方法を開発したものである。

また、引用例1記載の発明は、コンピュータプログラムにより作動する圧力制御弁によって、塗料の供給工程における塗料の供給圧力や溶剤による塗料押出し工程における溶剤の供給圧力等を制御するものであるが、塗料の供給圧力と溶剤のそれとは全く異なっている。原告のような主張を採るのであれば、引用例1記載の発明において、塗料と溶剤の供給圧力を変える必要はないことになるし、そもそも同発明において圧力制御弁やプログラム制御装置は一切不要なはずである。

引用例1における「ほぼ同じ圧力で溶剤がライン254を通して供給され」との記載は、原告の主張する「シンナ等の溶剤を前色塗料と同一の流量で供給する」こととは異なり、ましてや審決が認定したように「前色塗料と同一吐出流量でシンナを供給する」とも異なる。

〈3〉 原告は、塗装の品質を一様に維持するために塗装機に供給される塗料の流量を一定に維持するのは塗装の常識であるから、引用例1記載の発明における色替塗装方法においてシンナを前色塗料と同じ流量で供給すべきことは当然である旨主張し、甲第8号証を引用する。

しかしながら、塗装の品質を一様に維持すべく塗装機に供給される塗料の流量を一定にするためにどのような方法をとるかがまさに問題なのであって、本件発明は、容積型ポンプを用いてシンナを塗料と同一吐出流量で供給することによりこの問題を解決したのに対し、引用例1記載の発明は、コンピュータによる圧力制御をするものであり、その構成を異にする。

原告の引用する甲第8号証には、本件発明及び引用例1記載の発明における前提技術である、シンナによる前色塗料の押出し塗装工程が記載されているのみで、本件発明及び引用例1記載の発明のような前色塗料の押出し塗装技術の具体的内容については、全く触れられていない。

(2)  原告の主張(2)(容積型ポンプ使用の容易性)について

〈1〉 本件発明において、塗料用ポンプとシンナ用ポンプに容積型ポンプを用い、シンナを塗料と同一吐出流量で供給することは、従来存在しなかった全く新しい技術的思想である。

原告は、当業者であれば当然考えつくことである旨主張するが、それならば引用例1記載の発明のようにコンピュータによって圧力制御をするというような複雑で費用がかかる方法は用いられないはずである。本出願前に本件発明と同様な方法が考えられていないという事実は、当業者が考えつかなかったということである。

コンピュータによる圧力制御にかえて、容積型ポンプにより、シンナと塗料を同一吐出流量で供給するという本件発明は、構成及び作用効果において公知技術と質的な差を有し、進歩性があることは明らかである。

〈2〉 原告は、進歩性の有無について当業者の技術レベルを示す証拠として、本訴において甲第8号証、第9号証を提出する。

しかしながら、甲第9号証は、審決の「シンナを供給するために容積型ポンプを用いることは各引用例には記載されていない」との認定を覆すために新たに提出されたものである。すなわち、原告の主張は、容積型ポンプ(ギアポンプ)を用い得ることが記載された甲第9号証の公知文献と引用例1の公知文献を組み合せることによって、本件発明の進歩性を否定しようとするものであって、新たな公知事実により審決の取消しを主張するものであるから、許されない。

仮に、この点を度外視したとしても、甲第9号証は、シンナによる前色塗料の押出し塗装方法と全く無関係の技術に関する記載であり、この記載から本件発明が考えられるものではない。

また、甲第8号証には、前色塗料の押出し塗装技術の具体的内容について全く記載がないことは、前述のとおりである。

仮に、引用例1記載の発明と甲第8号証、第9号証の記載から本件発明の進歩性を否定する原告の主張が許されるとしても、そもそもこの3者を組み合せても、塗料用ポンプとシンナ用ポンプに容積型ポンプを用い、シンナを塗料と同一吐出流量で供給するという本件発明の構成にはならない。

〈3〉 原告は、本件発明の作用効果は、当然のものにすぎず、当業者が容易に予測できたものにすぎない旨主張する。

しかしながら、コンピュータにより圧力を制御するというような複雑で費用のかかる方法をとらず、塗料用ポンプとシンナ用ポンプに容積型ポンプを用いて、シンナを塗料と同一吐出流量で供給するという本件発明は、引用例1以下の従来技術には示唆されていない顕著な作用効果であって、その作用効果において公知技術と質的な差を有し、進歩性があることは明らかである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(平成2年特許出願公告第37225号公報)によれば、本願明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本件発明は、一の塗料による塗装と他の塗料による塗装との間の色替えを、塗料に無駄なく、しかも円滑に行い得るようにした塗装方法に関するものである。(1欄22行ないし25行)

(2)  被塗物に向けて塗料を噴霧する塗装機と、複数の塗料弁、シンナ弁及びエア弁を組み合わせてなり、前記塗装機への各塗料、シンナ及びエアの供給切換えを行う色替弁装置と、各塗料及びシンナをそれぞれ該色替弁装置に向けて送り出すポンプとを有する塗装装置を使用し、被塗物に対して塗装されるべき塗料の種類に応じて適宜色替えをしながら塗装作業を行う塗装方法は従来から知られている。

かかる従来技術による塗装方法としては、一般に一の塗料を塗装機に供給することにより塗装作業を行う前色塗装工程と、色替弁装置から塗装機までの間を洗浄して他の塗料を充填する色替え工程と、当該他の塗料により塗装を行う次色塗装工程とから構成されるようになっている。そして、色替弁装置から塗装機までの間の配管中に残存する塗料を無駄なく塗装に利用するために、前記一の色替弁閉弁後、直ちに洗浄工程に入らず、配管中の前色塗料を押し出しながら前色による塗装作業を継続するようにしたものも知られている。

この従来方法による前色塗料を押し出しながら塗装する塗装工程は、色替弁装置のうちのエア弁を開弁し、該エア弁から供給される圧縮エアの圧力で前色塗料を押し出すようにしていたため、以下に示すような欠点があった。

〈1〉 エアは圧縮性を有することから、前色塗料の押出し力が一定せず、このために塗装機からの塗料吐出量が変化し、十分な量の前色塗料を押し出すことができずに、相当量の塗料を無駄にする場合や、塗装作業中に塗料を押し出し尽くし、塗装機からエアを噴出させてしまい、被塗物に塗装むらを生じさせる場合がある。

〈2〉 前色押出し塗装工程の終了後、色替弁装置から塗装機までの間を洗浄する必要があるが、この洗浄工程時には多量の前色塗料が押出しエアによっても押し出されずに配管の内壁等に付着した状態にあるから、洗浄作業が面倒で、洗浄時間も多く必要とする。

〈3〉 塗装機に高電圧を印加して塗装を行う静電塗装方式とした場合において、メタリック塗料を該塗装機に供給するようにした場合、塗装機に印加した高電圧の作用でエア中に絶縁破壊が発生し、メタリック塗料との間に短絡事故を生じさせる危険性がある。(1欄26行ないし3欄18行)

(3)  本件発明は、上記従来技術の欠点を改善するためになされたもので、同一吐出流量の容積型ポンプを使用した場合には、圧力制御弁等を用いて流量制御を行うことなく塗料、シンナを同一吐出流量で供給できることに着目し、前色塗装工程の終了前にシンナを用いて前記塗料を押し出すことにより、前色による塗装と次色による塗装との間の色替え時に塗料を無駄にすることなく、均一な塗膜で最後まで塗装を行うことができるようにした塗装方法を提供することを目的とし、要旨記載の構成(訂17頁1行ないし12行)を採用した。(3欄19行、20行。訂17頁13行ないし17行)

(4)  本件発明に係る塗装方法によれば、塗料用ポンプ、シンナ用ポンプとして、塗料、シンナを同一吐出流量で送り出す容積型ポンプを使用することにより、別途圧力制御弁等を用いることなく、前色塗料とシンナの吐出流量を同一とすることができ、しかも塗料もシンナも非圧縮性の液体であるから、前色押出し塗装工程時における塗装機への塗料の供給量は前色主塗装工程時のそれと同一となり、したがって両工程時における被塗物への塗装被膜が一定で、塗装品質を良好に保つことができる。

しかも、シンナ用ポンプとして容積型ポンプを使用しているから、ポンプ1回転当たりの吐出流量が予め知られており、前色押出し塗装工程時に供給されるシンナの総吐出量を設定することにより、配管等に残存する前色塗料をほぼ完全に塗装用に使用することができ、塗料の節約を図ることができる。そして、このことは塗装機と色替弁装置との間の配管が長い場合でも同様であるから、塗装機と色替弁装置との間の離間距離が大きい場合には塗料の節約もきわめて大きくなる。(訂17頁35行ないし訂18頁10行)

2(1)  引用例1ないし引用例9の記載事項、本件発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点が審決の理由の要点(3)認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(2)  原告の主張(1)(引用例1記載事項の認定判断)について

〈1〉 原告は、審決の「引用例1には、前色塗料と同一吐出流量でシンナを供給すべきものであることは明示されていない」、「ほぼ同じ圧力で溶剤がライン254を通して供給され」と記載されているにすぎないとした認定判断を争うので、これについて検討する。

引用例1記載の発明は、名称を「可変低圧流体色変更方法」とする発明であり、その明細書に「被塗物に向けて塗料を噴霧する塗装機と、複数の塗料弁、シンナ(溶剤)弁およびエア弁を組合せてなり、前記塗装機への各塗料、シンナおよびエアの供給の切換えを行う色替弁装置と、各塗料およびシンナをそれぞれ該色替え弁装置に向けて送り出す各塗料用ポンプおよびシンナ供給装置とを有する塗装装置を使用し、一の塗料用ポンプを用いて一の塗料を前記塗装機に供給することにより塗装を行う前色塗装工程と、前記色替弁装置から塗装機までの間を洗浄し、他のポンプを用いて他の塗料を該色替弁装置から塗装機までの間に充填する色替工程と、当該他の塗料により塗装を行う次色塗装工程とからなる塗装方法において、前記前色塗装工程を前記各塗料弁のうち一の塗料弁を開弁して行う前色主塗装工程と、該一の塗料弁を閉弁し、前記シンナ弁を開弁してシンナ供給装置からシンナを供給することにより、前記色替弁装置から塗装機までの間に残存する当該一の塗料の大部分を押し出しながら前色塗装を継続する前色押出し塗装工程とで構成したことを特徴とする塗装方法」が記載され、当該塗装方法において、塗料の供給は、圧力制御弁(216)を用いて、プログラム制御装置(245)の制御の下、体積ブースタ(242)からの低圧空気によって圧力制御され、シンナ(溶剤)の供給も圧力制御弁(280)を用いて、同様に制御されていることは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第7号証(昭和57年特許出願公開第136970号公報)によれば、その明細書の発明の詳細な説明には、従来技術の問題点及びその発明の目的として、以下のように記載されていることが認められる。

「このようないわゆる「ソフト・エア・プッシュ」を使用する場合に常に伴なう1つの問題は、異なる色の塗料が粘性等の特性において異なっており、そのため、ソフトエアプッシュを行なうのに同じ低圧信号を使用したのでは異なった挙動を示してしまうことである。これらの圧力は、通常、例えば、…の近辺とされる。従って、押し込みを行なうのに一定のソフトエア圧力を使用すると、塗料供給管を通して霧化散布装置への塗料の供給割合が異なってきてしまう。このため当然、例えば、自動車車体の如き被塗装物体への塗料の供給割合が変化し、その車体に付与、あるいは散布される塗料の量が変化し、その塗装厚さが変化し、仕上げの質が低下してしまうことになる。

本発明は、このような問題を克服するような方法に関する。本発明の目的は、ソフトエア、あるいは溶剤のプッシュが行なわれるときに、それが供給割合が過大となって被塗装物体の端部がくる前に供給管の塗料残部が押し出されてしまうような高い圧力で行なわれずに霧化散布装置への塗料の供給割合を本質的に一定に維持するに十分な圧力で行なわれるように散布されるべき色の特性に従って変化されうるような選択的に可変なソフトエア源、あるいは溶剤源を提供することである。」(4頁右下欄8行ないし5頁左上欄14行)

また、その実施の態様として、第2図が引用され、以下のとおり記載されていることが認められる。

「第2図を参照するに、特定の状態においては、供給管から霧化散布装置まで押し出される塗料の残部がだんだんと減少することにより抵抗が減少していくことを考慮してソフトエアプッシュの始まりから終りまでソフトエア圧力をだんだんと減少していく必要があることが思い出されよう。これは、押し出し中に霧化散布装置への塗料残部の供給割合を比較的一定にするのに必要である。第2の実施例のソフト溶剤押出しの場合、この徐々に減少するソフト溶剤圧力の傾斜の調整は、ソフトプッシュのために空気を使用する場合に比べて、はるかに必要がない。これは、ソフトプッシュに空気を使用する場合の空気抵抗より、ソフト溶剤押出しを行なうのに使用される溶剤の抵抗は、供給管壁に対する塗料の抵抗に普通はるかにより近似しているからである。」(9頁左上欄2行ないし18行)

そして、特に、ソフト溶剤を使用して前色押出し色替塗装を行う実施態様として、第5図、第6図が引用され、以下のように記載されていることが認められる。

「第5図に例示した装置の場合の色変更サイクルの一例を第6図に例示している。0から35秒までの時間間隔中、第1の色がライン240の約20p.s.i.a.(1.38×106ダイン/cm2)の圧力で散布されている。最初の色が散布される間隔の終りに向かって、弁256が作動され、ほぼ同じ圧力で溶剤がライン254を通して供給され、供給管218を通してマニホルド214から最初の色の残部を装置220へ押し入れるようにする。最初の塗料の流量は、各弁216a~216jを通してマニホルド214へそれ以上塗料が全く供給されないとしても、この時間間隔全体を通して実質的に一定に維持される。前述したように、供給管18の塗装残部が連続的により少なくなって流れに対する抵抗が減少しても、このような実質的に一定な流量は、多くの場合、ランプ、すなわち傾斜した溶剤圧力を使用せずに達成されうる。しかし、ある場合には、第2図に例示したランプ空気信号と同様のランプ溶剤信号を使用する必要がある。このようなランプ、又は階段状、又はその他の減少値溶剤圧力が使用されねばならないかいなかは、散布される種々な塗料の特性に溶剤流れ特性がどのくらい厳密に整合するかの如き因子にかかっている。」(10頁左上欄6行ないし右上欄10行)

引用例1におけるこれらの記載は、ソフト溶剤を使用して前色押出し色替塗装する方法において、被塗装物体の塗装厚さを一定とし、仕上げの質を均一にするために、霧化散布装置(塗装機)への塗料の供給割合、すなわち、流量を一の塗料についてその供給開始からソフト溶剤による押出し終了までの間を通して実質的に一定に維持すること、この一定の流量は、多くの場合、傾斜した溶剤圧力を使用せずに達成され得るが、塗料と溶剤の粘性(粘度)等の特性を考慮しなければならない場合があることを説明しているものと認められる。

したがって、引用例1には、シンナ(ソフト溶剤)を使用して前色を押し出す色替塗装方法において、必要な場合は、塗料と溶剤の粘性(粘度)等の特性の相違をふまえて溶剤圧力を調節し、前色塗料と「同一流量」でシンナを供給すべきことが記載されていると認めることができる。

参加人は、「同一流量」に係る原告の主張は、塗料や溶剤の粘度の相違及びベルヌーイの定理を無視するもの、すなわち、粘度という流量に大きな影響を及ぼす重要な因子を無視するものであり、引用例1にはシンナ等の溶剤を前色塗料と「同一の流量」で供給することは記載されていないと主張するが、このように、引用例1においては、一定の流量を問題とし、塗料や溶剤の粘度の相違について考慮し、前色塗料と「同一の流量」でシンナを供給すべきことが記載されているといえるのであるから、その主張は採用することができない。

〈2〉 そうすると、審決のした引用例1記載事項についての前示認定判断は誤りというべきである。

(3)  原告の主張(2)(容積型ポンプ使用の容易性)について

〈1〉 原告は、審決の「シンナを供給するために容積型のポンプを用いることは各引用例には記載されていないし、引用例1を見ても、シンナを定量供給するために、プログラム制御以外の方法が特に示唆されているものとは認められない。」、「本件発明の前提となるべき色替塗装方法においては、塗装の供給に容積型ポンプを使用することが知られていたということもできないから、これが知られていることを前提として、塗料供給ポンプと同じポンプを用いてシンナを供給するということが容易であるという請求人の主張は採用できない。」とした認定判断を争うので、これについて検討する。

前示(1)認定のとおり、引用例1には、前色塗料の塗装中に色替弁装置からの前色塗料の供給を停止して、その前色塗料の代わりに色替弁装置からシンナ等の溶剤を供給し、その溶剤によって色替弁装置と塗装機との間の塗料配管内に残存する前色塗料を塗装機に押し込みながら、塗装を継続するシンナ押出し塗装方法において、被塗装物体の塗装厚さを一定とし、仕上げの質を均一にするために、霧化散布装置への塗料の供給割合を、一の塗料についてその供給開始からシンナによる押出し終了までの間を通して実質的に一定に維持する、すなわち、シンナを前色塗料と同一の流量で供給する方法が記載されているが、当該方法は、塗料、シンナの圧力を圧力制御弁を介して制御することにより、塗料、シンナの流量を実質的に一定に維持しようとするもので、容積型ポンプを用いて塗料、シンナの流量を制御するものではない。

しかしながら、審決認定のとおり一般に塗料を定量供給するために容積型のポンプを用いることは、本出願前周知の技術であることは、当事者間に争いがない。

また、塗料の定量供給手段として、塗料圧力を調整するレギュレータ方式や、容積型ポンプの一種であるギアポンプを使用する方式が本出願前周知であったことは、例えば、成立に争いのない甲第9号証(昭和54年特許出願公開第72243号公報)によれば、名称を「色替弁を二重に装備した自動色替装置」とする発明において、「色替バルブに塗料又はシンナーを供給するレギュレータは圧送タンク、ギアポンプ等の他供給装置に変更することもできる。」(3頁左上欄18行ないし20行)と記載されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第20号証(「やさしい静電塗装機の使い方」多田義典著、昭和49年7月1日株式会社理工出版社発行)によれば、静電塗装機について、ギアポンプ方式(100頁ないし101頁)、レギュレータ方式(222頁第86図)が記載されていることが認められることからも明らかである。

そして、引用例1のシンナ押出し色替塗装は、色替装置から塗料を定量供給する点においては、引用例4(その記載内容が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。)の従前の色替塗装装置の方式と変わるところがないから、シンナ押出し色替塗装方法においても、塗料の定量供給の手段として容積型ポンプを使用し得るということは、当業者であれば容易に想到し得たというべきである。

そして、引用例1記載の発明におけるシンナ押出し色替塗装方法は、塗料とシンナの流量を同一とする方法であり、しかも、審決認定のとおりシンナを塗料用ポンプや溶剤用ポンプで供給することが本出願前公知であったことは当事者間に争いがないから、シンナ押出しの色替塗装方法において、塗料と同一流量で定量供給すべきシンナの供給手段についても同様に容積型ポンプを使用するということも、当業者は容易に想到し得たというべきである。むしろ、塗料の定量供給手段として容積型ポンプを使用する場合に、シンナの定量供給手段として、わざわざ塗料の供給手段と異なる手段を採用することは、格別の理由がない限り考えにくいことである。

したがって、本出願当時シンナ押出しの色替塗装方法において、塗料の供給に容積型ポンプを用いた事例は知られていなかったとしても、引用例1記載の発明の色替塗装方法における塗料とシンナの供給手段として、塗料とシンナの圧力を圧力制御弁を介して制御する手段に代えて、同一吐出流量の容積型ポンプを用いる程度のことは、当業者が容易に想到し得たことというべきである。

参加人は、本出願前に、塗料用ポンプとシンナ用ポンプに容積型ポンプを用いて、塗料とシンナを同一吐出流量で供給する同様な方法が考えられていなかったということは、当業者が該方法を容易に考えつかなかったことを示すものであると主張するが、これが容易といい得ることは前示認定の判断のとおりであって、参加人の主張を採用することはできない。

〈2〉 審決においては、本件発明の作用効果についての判断をしていないが、前示〈1〉のように、シンナ押出しの色替塗装方法において、塗料用ポンプとシンナ用ポンプを同一吐出流量の容積型ポンプとすることにより前色押出し塗装を行う本件発明の構成は、当業者が容易に想到し得たものであり、前示1(4)認定の「別途圧力制御弁等を用いることなく、前色塗料とシンナの吐出量を同一とすることができる」という本件発明の作用効果は、当該構成を採用することにより当然にもたらされる予想された作用効果にすぎないということができる。

また、同項認定の、「前色主塗装工程と前色押出し塗装工程との両工程時における被塗物への塗装被膜が一定で、塗装品質を良好に保つことができる」との作用効果は、霧化散布装置への塗料の供給割合を一の塗料についてその供給開始からシンナによる押出し終了までの間を通して一定に維持することによりもたらされるもので、圧力制御弁を用いて流量制御する引用例1記載の発明の方法においても達成されているものであるから、本件発明が従来技術と質的に異なった作用効果を奏するものということはできない。

さらに、本件発明において「シンナ用ポンプとして容積型ポンプを使用しているから」、「前色押出し塗装工程時に供給されるシンナの総吐出量を設定することにより、配管等に残存する前色塗料をほぼ完全に塗装用に使用」できるとの作用効果は、当業者であれば、シンナ用ポンプとして容積型ポンプを採用した場合に当然に予測し得るものにすぎない。

(4)  以上の認定判断からして、本件発明は、引用例1記載の発明及び引用例2ないし引用例9に記載された技術事項からして、本出願時に当業者が容易に発明し得たものというべく、「請求人(原告)が主張する理由及び提出した証拠によっては、本件特許を無効にすることができない」とした審決は違法であって、取消しを免れない。

3  よって、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、94条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1

図面の簡単な説明

1……塗装機、2……配管、3……色替弁装置、4……マニホールド、51乃至5N……塗料弁、61……塗料供給系路、101、17……ポンプ、11……シンナ弁、12……エア弁、13……シンナ供給系路、20……モータ、イ……前色主塗装工程、ロ……前色押出し塗装工程、ハ……洗浄工程、ニ……次色の準備工程、ホ……次色塗装工程。

〈省略〉

別紙図面 2

図面の簡単な説明

14…マニホルド、16~16…弁、18…供給管、20…化分配装置、22…被出願物体、24…位、26…コンベヤ、28…絶カラム、30…給料供給ライン、32…ポンプ、34…給料、36…再ライン、40…低圧空気ライン、42…電気的信号-空気圧変換器、45…プログラム装置、48…空気ライン、50…弁、52…溶剤供給源、54…溶剤供給ライン、56…溶剤供給弁、58…高圧空気供給源、60…高圧空気供給ライン、62…高圧空気供給弁

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例